筆者
木村 圭佑((一社)日本暗号資産ビジネス協会 事務局、Chief of International Public Relations)
日本暗号資産ビジネス協会(JCBA)は、2024年6月11日〜6月14日にオーストラリアのシドニーにて開催されたBlockchain Week 2024(以降、「BW2024」という)に主催のBlockchain Australiaからお招きいただき、基調講演を行った。
ブロックチェーン/web3業界にいると、よく取り上げられる法域としてはシンガポールやドバイ、包括的な業界規制(MiCA)を導入しようとしているヨーロッパ、また魅力的な資金調達環境を有するアメリカなどがあるが、BW2024に参加し、業界関係者の方と意見交換をするまでは、果たしてオーストラリアのweb3ビジネス環境が一体どんな状況なのか見当もつかなかった。今回のイベント参加を通して、現地の業界関係者の盛り上がりと関連規制の導入状況について肌で感じたことを、読者にもぜひお伝えしたい。なお、本稿においては便宜上「web3ビジネス」を、ブロックチェーン技術を用いたあらゆるビジネス、あるいは暗号資産に関連したビジネスを総称するものとして用いることとする。
南半球に位置するシドニーの6月は、ちょうど肌寒くなってきた初冬のシーズンであるが、中心部にあるサーキュラーキー(Circular Quay)では毎晩Vivid Sydneyと呼ばれるプロジェクションマッピングの巨大なイベントが開催されており、東京23区の約半分の人口密度※の割には、結構な人通りが見られる。夜は冷えるためコートを着ている人も多いが、なぜかジェラート店に行列を成すのはオーストラリアならではの光景だ。せっかくなら寒中ジェラートを筆者も試してみようとも思ったが、なんせ今は1豪ドル100円の時代。無駄遣いは自粛した。
※ 東京23区の15,485人/平方キロメートル(https://www.toukei.metro.tokyo.lg.jp/jsuikei/2023/js231f0100.pdf)に対して、シドニー中心部は8,176人/平方キロメートル(https://www.cityofsydney.nsw.gov.au/guides/city-at-a-glance)
サーキュラーキー駅周辺(シティ側)
サーキュラーキー駅周辺(ハーバー側)
Blockchain Australiaとは
BW2024主催のBlockchain Australiaは、前身となった団体が2014年に設立された、オーストラリアを代表するweb3ビジネスの業界団体であり、web3ビジネスに関わる120社以上の多種多様な会員により構成されている。活動としては、主にワーキンググループ(分科会)、規制・政策の提言、啓蒙、会員間のネットワーキング等であり、JCBAの活動や方向性と近しい。
BW2024の初日には、イベントの開催の挨拶とともにBlockchain AustraliaがDigital Economy Council of Australia(DECA)へと名称変更を行い、更なる進化をしていく旨が発表された。これにより、従来のブロックチェーン経済だけでなく、より広範なデジタル経済全体へのDECAのコミットメントが強く示された。Blockchain AustraliaのCEO(日本でいうところの事務局長に近い)であったSimon Callaghan氏は退任し、COOであったAmy-Rose Goodey氏がマネージング・ディレクターとして新たなDECAの船出を率いる。会長は、法律事務所Piper Alderman パートナーのMichael Bacina氏が務める。
Blockchain Australia(現DECA)のマネージング・ディレクター Amy-Rose Goodey氏と筆者
Blockchain Australia 会長 Michael Bacina氏
Blockchain Week 2024
BW2024は、”Builders & Innovation”、”DLT & Digital Assets”、”Adaption & Evolution”とそれぞれのテーマごとに名付けられたメインイベントが3日間開催されたのち、サイドイベントとアフターパーティ用の日程が1日設けられた。筆者は全日参加したが、いずれの日程も非常に内容が濃く、学びの多い4日間となった。特に驚いたのは、参加者のほとんどが私語をしたり、スマホを触ったりすることなく、ちゃんと目の前のスピーチやパネルに耳を傾けていたことだ。(当たり前ではあるが、残念ながらそうならないイベントが多いのがこの業界の課題だ)BW2024より規模が大きくいイベントは数多いものの、これほどまでにオーディエンスによるエンゲージメントが高いイベントはなかなか見られない。しかもそれらオーディエンスのほとんどは、CXO級のマネジメント層だ。筆者が登壇した際も、100名以上の出席者がしっかり耳を傾けてくださり、ありがたいことに投影資料の写真をスマホで撮影してメモをとっていただく方もちらほら見かけた。
筆者登壇の際、100名以上の業界関係者が熱心に耳を傾けてくれた極めて質の高いイベント
BW2024での登壇者やセッションの内容を一部取り上げ、簡単にご紹介しよう。
・Stables(https://stables.money/)
2021年2月創業のノンカストディアルウォレットの開発・提供会社であり、特にステーブルコインの利用・送受・運用に強みを持つ。2022年2月、シードラウンドにて520万豪ドル(当時のレートで約4億円強)をアメリカのVCなどから調達。今年5月には、アフリカ大陸でステーブルコインのオンランプ、オフランプサービスを展開するYellow Cardと提携し、Stablesのアプリ利用者は従来のオーストラリア、フィリピンだけでなく、アフリカの銀行やウォレットに対して暗号資産を送付できるようになった、と発表。なお、オーストラリア在住のユーザーに対しては、Apple PayやGoogle PayにてMastercardブランドのバーチャルカードを発行しており、デビットカードを利用する感覚でウォレット内のステーブルコインを利用できる仕組みを備えている。当社の共同創業者兼CEOであるBernando Bilotta氏は、更なる展望としてラテンアメリカを含めた世界中へのサービス展開を目指しており、やがてはMastercardが利用可能な場所全てに展開していくことを述べた。
・Truebit(https://truebit.io/)
“Don’t just trust, verify.”(信頼するな、検証せよ)をミッションとして、web2とweb3の橋渡しとなる検証プロセス、プラットフォームの開発を行う。現在クローズドβテスト中だが、アーリー・アクセス・プログラムに参加可能。当社のHead of ProductであるBlane Simms氏は、ChatGPTの利用経験と、自動車購入のような多くのステークホルダーが関わる一連の複雑な取引を完了する上でのその限界について語った。デジタルID、NFT、スマートローン等を導入することで、取引を自動化したり合理化したりでき、消費者体験の向上にも役立つという。そういったデジタル資産の取引においては、検証が信頼構築のために極めて重要として語った。
・Swyftx(https://swyftx.com/au/)
2017年に設立されたオーストラリアで大手の暗号資産取引所。オーストラリアとニュージーランドで70万人以上の顧客を抱え、現在350種類以上の暗号資産を取り扱っている。CEOのJason Titman氏が語るところによれば、暗号資産に対する印象はオーストラリアにおいてもあまり良いとはいえず詐欺のイメージが先行しており、業界は信頼の構築に努め、顧客と潜在顧客の両方を啓蒙するための更なる努力が必要。Swyftxにおいても、無料の学習プラットフォームを開発するほか、実際の取引の前にお試しできるような「デモ」バージョンの取引プラットフォームを開発。また現在、機関投資家の参入に大きな障壁となっている要因の一つには、(現地での)規制の不確実性があるという。Swyftxは、マネーロンダリングやテロ資金に関する疑わしい取引の情報を一元的に管理・分析するオーストラリア金融取引報告分析センター(AUSTRAC)に登録している取引所であり、必要な規制の導入のために引き続き政府と協力していくと語った。
筆者の手元では、オーストラリアとニュージーランド在住者でなければ口座開設ができないように見える。
・オーストラリア財務省
財務省は、デジタル資産分野で必要な法改正について政府に助言をしており、トークン・マッピング(暗号資産の規制の位置付け)とデジタルアセットプラットフォーム規制に関するコンサルテーション・ペーパーを担当する。デジタル資産プラットフォームの規制に関する草案は年内に公開を予定しており、公開協議が行われた後に議会に提出され、12ヶ月の移行期間を設けて施行される予定。
・オーストラリア証券取引委員会(ASIC)
ASIC法に基づき設立・運営されている政府の独立機関であり、オーストラリア内の企業、市場、金融サービス、消費者金融を統合的に規制している。web3ビジネスの規制についても、ASICの管轄。2015年にASIC内に設置されたイノベーション・ハブのシニアアドバイザーJonanthan Hatch弁護士は、ブロックチェーン技術の重要性とその業界をサポートするイノベーション・ハブの役割を強調した上で、消費者の利益のための必要な規制と業界との強調について理解を求めた。また、同じくイノベーション・ハブのシニア・アドバイザーGeorge Marangoly氏は、強化型規制サンドボックス(Enhanced Regulatory Sandbox, ERS)について言及した。ERSは金融サービスやクレジット免許の保持要件を最大2年間、限定的に条件付きで免除するものであり、フルライセンスの申請に比べると、申請要件が簡素化されており、申請料も無料であることに加え、申請から30日以内の審査が下りる。すでにERS下でテスト中のビジネスの例としては、P2P(ピアツーピア)の決済システムや、トークンとNFTを利用した報酬ロイヤルティプログラム、暗号資産を用いた後払い決済(BNPL)などがあるという。
基調講演 “Early Regulators: A Japanese Journey”
まさかシドニーが筆者にとって国際舞台デビューの地となるとは予想もしていなかったが、Chief of International Public Relationsというタイトルを拝命しており、当然の務め。あくまで5~10分程度の基調講演であったため、トピックを深く掘り下げることはせず、日本の事情にあまり詳しくないであろう現地のオーディエンスに向けて分かりやすい内容を準備するよう意識した。
登壇についてBlockchain Australiaから打診を頂いた際、オーストラリアではweb3ビジネス周りの規制が不透明であるがために、現地のスタートアップが苦慮されている話を伺った。そのため、そういった状況とは対照的なトピックを用意するようにした。
講演内容のトピック
本稿をご覧いただいている方には釈迦に説法だが、日本は世界を見渡しても暗号資産にまつわる規制が早くから導入された法域であり、規制先進国と言っても過言ではない。しかし、それは悲惨な過去があったからこそであり、規制が導入されることになった経緯からお話しさせていただいた。
2014年2月のマウントゴックス社が破綻し、その後詐欺的なICOがはびこり、2018年1月にはコインチェック社に対するハッキングにより580億円相当の暗号資産が流出。その他にも取引所に対するハッキングと顧客資産の漏洩が複数発生した。
それらの事件と前後する形で、資金決済に関する法律(以降、「資金決済法」という)が2016年5月に改正され、翌2017年4月に施行。これにより、暗号資産交換業について登録制が導入された。また、2018年4月にはJCBAを母体として一般社団法人日本仮想通貨交換業協会(現一般社団法人日本暗号資産取引業協会)(JVCEA)が発足し、同年10月には仮想通貨交換業に係る認定自主規制機関として、金融庁より正式に認定がなされた。こうして発足したJVCEAを中心として、業界の自助努力により利用者保護措置が適切に運用されることで守りを固めた日本は、満を持して2022年に政府の骨太の方針(※3)においてweb3ビシネスの環境整備に関する文言を盛り込み、「web3の中心」(※4)を目指していく姿勢を明確にした。同年6月にも資金決済法が改正(2023年6月施行)され、日本は世界に先駆けて国としてステーブルコインの流通・発行に関する法制化も成し遂げた。
※3 https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/cabinet/honebuto/2022/decision0607.html
※4 自由民主党デジタル社会推進本部web3プロジェクトチームによる「web3ホワイトペーパー2024」においても「我が国をweb3の中心にする」という強い決意が示されている。(3頁、https://www.taira-m.jp/web3%E3%83%9B%E3%83%AF%E3%82%A4%E3%83%88%E3%83%9A%E3%83%BC%E3%83%91%E3%83%BC2024.pdf)
web3ビジネスにまつわる日本での出来事
次に、暗号資産交換業ライセンス(スライド内では”VASP License”として説明した)の簡単な内容として、暗号資産については(実質)100%コールドウォレットでの管理、日々の入出金に対応するホットウォレットの管理については5%まで(履行保証暗号資産)、金銭については信託会社・銀行において分別管理が必要であることを述べた上で、これらの規制が適切に機能した例としてFTX Japan社の事例を紹介した。
先述したように日本政府は、2022年に骨太の方針にweb3ビジネス環境の整備についての検討を盛り込んで以来、自由民主党のデジタル社会推進本部web3プロジェクトチーム(座長:平将明 衆議院議員)を中心として、日本が「web3の中心」となるべく非常に活発に業界を支援いただいている。金融庁においては以前からフィンテックサポートデスクを設置しており、相談しやすい環境整備もなされている他、民間ではIVS CryptoやWebX 2024をはじめとして、1万人以上の来場者を誇る大規模なイベントが開催されており、日本というweb3ビジネス環境に対する海外からの注目度も年々上がっている。
以上、国内のweb3ビジネスを取り巻く環境の改善もあり、JVCEAが毎月公表している国内暗号資産交換業者における取引口座数は、2024年4月時点で1,000万件を突破した。(※5)日本の人口が約1.2億人であることを踏まえると、一つのマイルストーンを達成したと言えるのかもしれない。
総括
講演においては時間の制約もあり、比較的ポジティブなトーンで日本の規制、ビジネス環境について語った。しかしながら、直近の国内暗号資産交換業者におけるハッキング事件をはじめとして、引き続き業界として襟を正さなければならない部分もあるし、業界の悲願とも言える暗号資産取引における分離課税の実現など、今後に向けた課題も多い。JCBAとして、これらの課題については引き続き部会を中心に取り組んでいきたい。
また、オーストラリアにおいてweb3ビジネスに携わる企業においては、不透明な規制環境もあり、思い切ったビジネスがしづらい状況があるようであった。2年前のFTX Global破綻の影響も大きかったようで、規制がないが故にユーザーの打撃も大きく、未だに尾を引いていた。私がシドニー市内で乗車したUberのドライバーは「暗号資産は、この国では印象が悪い。詐欺のようなものも多いし、損したとしても誰も守ってくれない。」と話していた。まさに2018年ごろの日本の状況に近いのがオーストラリアの現状なのかもしれない。
そういった厳しい環境におかれながらも、BW2024自体は非常に盛況であったし、参加していた現地の事業者も多種多様で、オーストラリア市場のポテンシャルを強く感じた。ASIC、財務省の方が話していたように、今年中に規制の草案が示され、来年以降に規制の内容が固まるとされている。規制が後発であるからこそ、日本やシンガポールなどの規制先進国の事例を踏まえながら良いとこどりをできる利点もあるだろう。日本とオーストラリア、同じAPACの一員として、今後も連携をとりながらこの業界を盛り上げていきたいところだ。
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